火葬条例をめぐる私の考え 1(町長の考えを問う)

【 令和8年2月定例会へ向けて 】
町民の皆さんに説明できる判断を!
今回、「火葬条例」を求める請願は、不採択という結果になりました。議会としては、今後の対応を執行部の判断に委ねることになります。
しかし私は、本請願に賛成した一人の議員として、ここで議論を終わらせるべきではないと考えています。
火葬や埋葬をめぐる問題は、個人の自由と同時に、土地利用や公衆衛生、地域環境にも関わる、町全体として向き合うべき課題です。
町長の判断権限を否定するものではありません。
むしろ、町長が変わっても判断がぶれず、町民の皆さんに「なぜそう判断したのか」を説明できる、日出町としての共通の考え方や判断の軸が必要ではないかと考えています。
その上で、町長のこれまでの答弁を踏まえながら、私の考えを交えて令和8年2月定例会で町長を質します。

❶ 上位法がある中で、町独自の基準を持つことについて
町長は、火葬条例について「上位に墓地埋葬法があり、条例をつくっても効果に疑問がある」と答弁している。
一方で、墓地埋葬法自体は、市町村が地域の実情に応じて判断することを前提とした法律であり、条例は上位法を超えるものではなく、その枠内で町としての判断基準を明確にする手段でもある。
これまで日出町で混乱が生じてきた背景には、判断基準が明文化されないまま、裁量だけが存在してきたことが大きいのでは?
町長が将来にわたり安定した判断を行うためにも、上位法を補完する形で、町としての考え方や基準を整理することは、有効だとは考えるが?

❷ 強い許可権限と、説明責任の関係について
町長は、国のガイドラインにより、市町村長に墓地経営許可の強い権限が与えられていると発言している。
確かに、判断権限が首長にあることは、ガイドライン上も明らかである。
ただし、ガイドラインは「誰が判断するか」は示しても、「どのような基準で判断するか」までは具体的に定めていない。
強い権限があるからこそ、町民の皆さんに対して「なぜ許可したのか」「なぜ許可しなかったのか」を誰に対しても同じ説明ができる仕組みが必要だと私は考える。
町長自身の判断を守り、説明責任を果たすためにも、一定の判断基準を条例やルールとして整理しておくことは、むしろ首長権限を支えるものになるとは考えないか。

❸ 「その時のトップの判断」に委ねることのリスクについて
町長は、墓地経営許可について、公共の福祉、公衆衛生、宗教的感情の三点から、その時々のトップが判断すべき問題であると答弁している。
この三つの視点はいずれも重要であり、私も否定するものではない。
ただ、その三点をどの順で、どの程度重視するのかは明文化されていないと考える。
実際、日出町では、トップが交代したことで、法やガイドラインの受け止め方や判断の方向性が変わった経緯があるのはご承知のとおり。
町長が代わっても判断が大きくぶれないよう、町として共有できる判断の軸を制度として整理しておくことが、将来の混乱を防ぐことにつながると考えるが。

❹ 個人の自由と、地域全体への影響の整理について
町長は、憲法上の個人の自由に配慮し、火葬条例については慎重な検討が必要であると答弁している。
個人の自由や信教の自由が尊重されるべきであることは、当然。
一方で、墓地や埋葬は、土地利用や地下水、生活環境など、地域全体に影響を及ぼす側面も持っている。
条例によって一定の整理を行うことは、自由を一方的に制限することではなく、自由と公共性のバランスを明確にする作業だと私は考える。
慎重に検討ということだが、慎重であるからこそ、判断の考え方や基準をあらかじめ示し、町民に説明できる形にしておくことが必要ではないか。

町民の皆さんに説明できる判断を!
今回の一般質問は、町長の考えを否定するためのものではありません。
町としての判断が、町民の皆さんに説明できる形になっているのか、そして将来にわたって同じ混乱を繰り返さない制度になっているのかを改めて問い直すためのものです。
この議論を通じて、執行部から具体的な考え方や整理の方向性が示され、町民の皆さんに対しても、納得のいく説明がなされるのであれば、それが何より望ましい姿だと考えています。
一方で、要望書に対する正式な回答がなされないまま時間だけが経過する、あるいは判断の枠組みが示されないまま同様の問題が先送りされるのであれば、議会として果たすべき役割も、改めて問われることになります。
私は、議員として、また本請願に賛成した責任ある立場として、町民の皆さんに説明できる制度の実現に向け、必要な検討と準備を進めていきます。


